ゼログラビティという邦題は最悪

image

行きの飛行機で邦題ゼログラビティを見た。この映画、原題はGRAVITYです。

映画を見終えた感想としては、ゼロをつけてしまったことで、映画を台無しにしてしまった。この映画はゼログラビティでは絶対にダメで、グラヴィティなのです。つまり無重力ではなく、重力、なのです。

それは映画の中でタイトルを出すタイミングにも現れています。

私は幸いにして、KLMのビデオオンデマンドのインターフェースが英語しかなかったからよかったんですが。ご覧になられる方はそれを意識されることをオススメします。

http://html5.warnerbros.com/jp/gravity

京都は狭いから積み上がるのだ。

「京都は狭い」
よく言われる言葉だ。

それは多くの場合、知り会いの知り会いだけで、全京都人と繋がるのではないかという、人間関係の密度のことを指して言われると思う。

また、京都は、物理的面積も狭い。
京都の旧市街的部分(どこがそうだとはココでは明言しないw)は、山に囲まれていてスプロールすることもない。山裾から山裾の距離も驚くほど短い。

細いコップと太いコップ、同じ水の量だと細いコップのほうが水位が高くなるのと同じで、狭いところは、縦に積み上がるのだ。

それが、歴史や文化の深さとなり、京都に存在しているひとつの理由だと思う。長らく首都だったくせに、この面積の小ささで成立してきたのは、ひとつの特徴だろう。

人間関係が密だということは、まじめに生きてないと、悪評がすぐに広がるということだ。またはったりだけで、中身がない人も、すぐに噂がひろがりばれてしまう。つまり、一発あてて逃げる、なんていうビジネスモデルはほとんど成立しない。京都に根を張らないと商売は不可能だ。これが京都で商売するのは難しいと言われる所以。

これはすばらしいことで、つまりまじめに文化や技術やノウハウを積み上げなければ、この町で商売が成立しない。ということは、実質、いろんなものがリセットされずに積み重なる。老舗がたくさんあるのもこれが理由。

京都は流れる時間の価値を理解し、自分の生きていなかった時間まで、自分事のように捉えられる人が、日本で一番多いはずだ。世界でも絶対に10本の指に入る都市だろうと思う。その点においては、イタリア人と議論しても勝てないかもしれないけどw、負けることはないと思う。

面積の狭さと、人間関係の密度。これが「京都に時間が集積しているひとつの理由」。

ミラノにいると、いつもこのことをより強く感じるのだ。
だから、ミラノにいる今、一気に書き上げてみた。

Citizen-シチズン ミラノサローネ2014レポート

本日、自分たちの設営を終えて、早速、シチズンの展示を見に行ってきました。正式には明日からなので、本日はレセプションにお邪魔しました。会場は、トリエンナーレ。
8万本に及ぶケーブルに付けられた、時計の基板。この圧倒的な美しさだけで、シチズンの世界的なブランドイメージを一気に上げてしまいます。

それがミラノサローネのすごさ。

お金、労力だけではなし得ない「センス・美意識」を世界に対してプレゼンテーションをすることが成功すれば、世界的なブランドイメージを一夜(正しくは1週間)で一気に変えることができます。(そしてそのブランドの培ってきた歴史を同時に表現することも大事なポイント)

このプレゼンテーションは、3年間、ミラノサローネを見てきましたが、1,2を争うすばらしさだと思います。日本的なる感覚も、自然に非常によく表れていると思います。

DSC_7722

DSC_7725

DSC_7727

DSC_7748